俺は人間が好きだ。愛してる。

俺は人間という『存在』を愛している。

だから、誰か『個人』を愛してたり執着しているわけでは、ない。



「こんな所にいた」



閉じていた目を開くと、見覚えのある顔が俺を覗き込んでいた。

俺が欠伸しながら起き上がると、彼女は笑って俺の隣に座った。



「どうやって此処が?」

「臨也なら屋上に居そうだなあと思ってふらふらしてたら たまたま」

「此処は俺の隠れ場所だったんだけど」

「今日からは私と臨也の、になるね」



ね、と彼女は笑う。

しょうがないね、と俺は笑う。

どうして此処に来たのかと問うと、暇だったからという答えが返ってきた。



「酷いなぁ。俺は君の暇つぶしの道具じゃないんだけど」

「よく言うよ、人を暇つぶしに使いまくってるのは臨也でしょ」

「道具にした覚えはないけどね」

「オモチャ、の間違いか」

「酷いなぁ」



そう言って笑う俺に、否定はしないんじゃない、と彼女は呆れたように笑った。





俺は面倒な事が嫌いだ。思い通りにならない事も。

だから、恋だの愛だの、ハイリスクでメリットもない事に興味はない。

そもそも俺は人間を愛しているから、誰か『一人』を愛すことなんて無理だ。





「そういえばさあ」



二人屋上で他愛もない会話を続けていると、彼女は思い出したように言った。



「臨也、また平和島君に怪我させたんだって?」

「ああシズちゃん? 奴はいつも怪我ばっかしてるじゃないか」

「臨也のせいで、でしょ? ほんと、だから嫌われるんだよ」

「シズちゃんに好かれたいなんて全く思わないからいいよ」

「まったく・・入学式から仲悪いもんねえ、臨也と平和島君は」



思い出しているのか、彼女はくすくすと笑った。

俺が思いもしない奴の事を思い出して少し機嫌を悪くして黙っていると、それに気づいたのか彼女はごめんごめん、と言った。



「臨也は平和島君の名前出したら機嫌悪くなるね」

「分かってるなら出さなかったらいいと思うんだけど」

「いやほら、珍しいじゃない?」

「何が」

「臨也が人を嫌うって」

「は?」

「ほら、臨也って誰にでもいい顔するからぱっと見じゃあ嫌いなのかわかんないじゃない?」

「・・・褒めてる?」

「まあまあ。でも、平和島君だけはストレートに嫌ってるからなんか珍しいなと思って」

「・・・・・思い通りにならないから嫌いなだけだよ」



俺がそう言うと、彼女は呆れたように笑った。



「思い通りって、臨也は神様なの? 馬鹿みたい」

「・・・ムカつくね」

「あ、いや、ごめん。 でもほら、人間なんて解らないもんじゃない?」

「道を作れば、その通りに歩む人間が多くて面白いんだよ」

「うーん・・・ 根っからの性悪だなあ、臨也は」

「だから思い通りにならない人間は気に食わないんだよ」



俺がそう言うと彼女は困ったように笑った。

そう、だから俺はシズちゃんが嫌いだ。

今目の前に居る、彼女も 思い通りにならないタイプの人間に近いが害もないのでシズちゃんの様に嫌いでは、ない。



「臨也がいうほど、悪い人だと思わないけどなあ」

「・・・」

「確かに荒っぽいけど、女子には手上げたりしないし、普通に優しい人だと思うけどなあ」

「・・・・・・」



ぼんやりと前を見つめたまま話す彼女を、彼女の表情を見てふと 一つの予感が俺の中で浮き上がる。

その予感はとても曖昧で、自分でもどうしてそう思ったかさえも解らない。けど、嫌に的確に当たっている気がした。



「臨也?」



黙っていた俺に彼女がどうしたの、と首を傾げた。

気づかぬうちに俺の口は開いていた。



「ねえ、シズちゃんのこと 好きなの?」



俺が発した言葉に、彼女は目を丸くして そして頬を赤く染めた。

ぎちり、と痛んだ気がした。



「なっ、何をイキナリそんなっ」

「へえ 好きなんだ」

「ち、違うよ!」

「違うの?」

「す・・・・・・好きっていうか、その・・い、いい人だなぁって思っ・・・ 」



そこまで言って恥ずかしくなったのか、彼女は俯いたきり黙ってしまった。

暫くの沈黙の後、何か言葉を欲しそうに彼女は少し顔を上げて俺をちらりと見た。



「よく恋なんて出来るね」

「え?」

「そんなハイリスクでメリットが少ない事をよくやるなぁと俺は思うよ」

「・・・なんていうか、すごく否定的な意見だね」

「俺は面倒が嫌いだからね。恋なんて予想不可能な事はしないから」

「何か可哀相だね 臨也」

「可哀相で結構。まず俺は人間を愛しているから、個人は興味ないよ」



俺がそう言うと、彼女はちょっと笑った。



「まあ臨也らしいといえば臨也らしいけど。勿体ないよ」

「何が?」

「臨也見た目は良いからモテるのに」

「褒めてないよね」



彼女はふふ、と笑って立ち上がって俺を見下ろした。

丁度チャイムが響いて、授業の終わりと休み時間の開始を知らせて、彼女は次の授業は出てくるね、と言った。

逆光でも彼女の表情は笑顔だと分かった。



「応援してとは言わないけど、邪魔もしないでよね」

「酷いなぁ。俺がまるで悪者の様に」

「悪者だから言うんでしょ」

「生憎邪魔したいとこだけど、俺は忙しいから何もしないよ。応援もね」

「うん、ありがと」

「でもシズちゃんを嫌いなのは変わらないよ」

「あんまり酷いことしちゃダメだよ」



そう彼女は呆れたように笑った。

俺も笑った。



彼女が居なくなった屋上で、俺は相変わらず座ったままぼんやりとしていると、気づけば空は夕焼けになっていて、俺はそれを眺めていた。

校庭の方で嫌いな声がしたから立ち上がって屋上から下を眺める。

見えたのは、校門の所で話している二人の姿。

見たことのない表情に、再びぎちりと胸が痛む。



「ああ、ずっと友達を続けてきた俺でさえ、あんな表情は知らなかったなぁ」



微かに頬を染めながら笑っている彼女を見ていると、何が可笑しいのか俺は笑っていた。



「やっぱり人間は面白い、俺がまだまだ知らないことばかりだ」





俺は人間が好きだ。愛してる。

俺は人間という『存在』を愛している。

だから、誰か『個人』を愛してたり執着しているわけでは、ない。



俺は面倒な事が嫌いだ。思い通りにならない事も。

だから、恋だの愛だの、ハイリスクでメリットもない事に興味はない。

そもそも俺は人間を愛しているから、誰か『一人』を愛すことなんて無理だ。





「―――ねぇ、



少しずつ遠ざかっていく二つ並んだ陰を見ながら、一人呟く。



「俺はやっぱり、シズちゃんが大嫌いだよ」



最終下校時刻を知らせるチャイムが響く。

屋上に風が吹いて、俺の髪を揺らす。



「やっぱり、俺は面倒が嫌いだから の恋を応援もしないし、邪魔もしないよ」



だって俺は、

だから俺は、



「俺は、楽な選択肢を選ぶよ」



目を閉じて浮かんだのは、嫌いな奴に微笑む俺の知らなかった彼女の笑顔だった。







「 ねえ 、 好きだよ 」



(その呟きはチャイムの音に掻き消されてしまった)

(そうなる様に呟いたのは紛れも無く、俺自身)



































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初臨也で報われなくてごめんなさい



人の感情には敏感なのに自分の感情には疎い臨也が好きです