お前が好きだ、

そう言った俺に彼女は微笑んだだけだった。

ごめんなさいも、わたしも好きだとも、何も言ってはくれなかった。



ありがとう、沖田くん。

そう言って微笑んだだけだった。











返事が微笑みだった俺の告白から数日後、彼女は俺の――正しくは俺たちのクラスから、居なくなってしまった。

あのが休むなんて珍しい、と朝のホームルームからクラスは話していたのだが俺は対して話しには参加せず、肘をついてぼんやり空いた席を見つめていた。



「先生、はどーしたんですか?」



担任が入ってきて、誰かが間延びした声で聞いた。

一瞬担任の眉がひそまったのを 俺は、見た。



は… お家の事情でいなくなったんだ」

「家の事情? 引っ越しとか?」

「ああ、まあ、そんなもんだ。急に決まったからちゃんと挨拶も出来なくて申し訳ない、と言っていた」

「先生は会ったんですか」

「昨日退学届を持ってきたときにな」



生徒はまだ質問を続けようとしたが、先生はその声を遮って連絡を始めた。



「何か隠してますよねぇ」



ぽつり、隣の山崎が俺に耳打ちした。



「さぁねェ」



内心同意しつつ、曖昧な返事を返した。











「沖田、ちょっとこい」



終礼のあとさっさと教室を出ていこうとした俺を、担任が呼び止める。



「嫌でィ」

「嫌でも来い」

「俺ぁ忙しいんでさァ」

「俺だって暇じゃねーよ」

「じゃあまた今度」



くるりと背を向けた俺に、担任は一言言った。



のことだ」



振り向いたら担任の手に白い封筒がヒラヒラしていた。



「渡してくれって言われてな。 何でも居なくなる理由を沖田くんにはちゃんと、伝えたかったらしい」

「…居なくなった理由って、」

「俺の口からは言わない。 言わないでって言われたからな。あと、中身をこっそり読むような野暮な真似ははしてないぞ」



そう言って担任は笑って手紙をほら、と差し出した。

とりあえず受け取り、その場を去った。













家に帰って手紙を開いたら、書かれていたのは数行だった。

急にごめんなさい、と始まって数字が並び、電話してくださいと書かれていた。

少し悩んだあと、電話をかけてみた。

数秒待たされて、が出た。



「もしもし、…沖田くん?」

「…?」

「よかった、今日中に電話 してくれて。 明日にはこれ、取り上げられちゃうから…」

「学校、退学したって 担任が」

「あ、うん …先生は、理由言ってた?」



少し、電話のの声が小さくなった。

あえてそこには触れず、俺は続けた。



「家の事情だって言ってたぜィ」

「そう……」



そう返事したの声は、安堵と寂しさが混ざっていた感じがした。



、その…」

「私が退学した理由、ね。」

「聞いていいのかィ?」

「うん。 そのうち広まるだろうし。 でも、沖田くんには自分で言いたかったの」



一間置いて、は切り出した。



「私ね、お嫁に行くの」

「、は…?」

「一回私が古い良家のお嬢様だって噂流れたでしょ?」

「ああ… でもあれは違うって回りもアンタも…」

「ほんとだったの。 噂は。 …あの時はまだ学校に居れるって分かってたから嘘ついちゃったんだけど」



そう言っては少し笑ったようだった。

顔は見えていないが 寂しそうだと、思った。



「それで、お嬢様だから許嫁とか そんなのかィ?」

「そんなもの。 相手が成人するまで待ってなきゃならなくて、じゃあ社会勉強に、って学校に入ったの」



それから淡々と、は続ける。

そして、今日が相手の誕生日で明日式を挙げて明後日からは相手の家に入るんだ、と。 もう皆には会えないんだ、と。



「だからきちんと、挨拶したかったんだ 皆に…。 できなかったけど、沖田くんにはできて、よかった」



そう言い終わって、は黙ってしまった。

そうしてまた急に口を開いた。



「あのね、沖田くんに好きって言ってもらえてすごく嬉しかった」

「え?」

「ありがとう、好きに、なってくれて」

「あ、うん」



急に言われては何が言いたいのかわからなくて俺は曖昧に頷いた。



「わた、しも。ずっと。」



微かに、声が震えていた。



「沖田くんの、こと 好きだった よ」



そう聞こえて何か答える前にぷつり。と、電話は切れてしまった。

試してもいないが、もうかけ直しても話せないと 規則的に鳴る電子音を聞きながら 思った。















そんな電話をして暫く経ったある日の朝、学校へ歩いていると山崎と会った。



「あ、おはよーございます」

「山崎か、 はよ」



軽く挨拶を交わして向かう先は一緒なので結果的に一緒に学校へ歩く。

他愛もない会話をしていて、山崎が思い出したように言い始めた。



「そうそう、の話。 わかりましたよ」



知ってる、と言いかけたがなんとなく思い止まり何も言わないでいると山崎は続ける。



「ただ普通に親の転勤とか引っ越しとか、夜逃げなんて言う物騒な噂もありましたけど 全部違ってたんですよ」

「ふーん」

「ほら、結構前には古い良家のお嬢様って噂があったじゃないですか」

「あったねェ」

「それなんですよ。なんでも、今年で二十歳になる許嫁がいて その相手が二十歳になるまでっていう条件で学校に居たらしいんですよ」

「 ふーん」

「もう相手が二十歳になったから、嫁ぐために学校辞めたらしいですよ。…聞いてます?」

「ああ」



そう答えたときに吐いた息が白かった。

何故だかわからないけど切なくなった。

息の白さが、の肌の白さを思い出させたからかもしれない。



「でも許嫁とか良家とか、今の時代でもあるんですね」

「そうだねィ」

「いまいち現実感ないけど… でもそういわれれば、は普通の女子と違いましたよね。なんかこう、品があると言うかなんか 擦れてない感じが」

「…ああ」



そうかもしれないと、白い息を見ながら思った。

はどこか 違う空気を纏っていた。

それが育ちの良さからなのか 抱えていたものの大きさなのかは分からないが。



「でも何で、誕生日までって分かってるなら急に退学って形にしたんですかね?」



隣を歩く山崎の声が遠くに聞こえる。



「別れるのが辛かったんですかね」





ふと、思い出した。

告白をする少し前、図書室でと2人っきりだった時の事だ。

ふと本から顔を上げて見たは泣いていた。

どうしたのかと聞くと、首を振って微笑んだ。



「苦しいね」

「何がだィ」

「…恋愛」

「は?」

「や、うん。 本がね、感動して」

「? ふーん」



涙を拭っては呟いた。



「うまいこといかないね、恋って」



をもう一度見たら は笑っただけだった。

目は、潤んだまま俺を見ていた。



告白をしてありがとうと言った時もは、あの時の目をしていた。 と、思い出した。

あの目の奥で揺れていた涙は、誰へ向いていたのか。

有無を言えないまま嫁ぐ自分か、好きな相手に告白された喜びか、好きな相手に何も言えない苦しさか。

それとも、叶わない恋をした俺への同情か。



「… ありがとう、沖田くん」



耳に残る声。

同情の色は無い。



「わた、しも。ずっと。」



電話の向こうでまた、はあの目をしていたのだろうか。



「沖田くんの、こと 好きだった よ」



何も言わないまま、いや何も言えないまま涙を潤ませながら 微笑んだは、とても綺麗だった。

なんて、ふと思った。



「でも残念ですね、 男女問わず好かれてたし」

「ああ、そうだねィ」

「俺も結構真面目にの事好きだったんですよね… 何も言えずじまいだったけど…――どうしたんですか?」



山崎が驚いたように俺を見た。

目の前の視界が霞む。



「寒風が目にしみる…」



そうとっさの言い訳を呟いて涙で揺れて見える白い息を見た。

俺の涙はの涙と おんなじ気がした。



ありがとう、と思わず呟いていた。









言い表すならば、好きになれて良かった。

(同情でも苦しさでもない、愛しい切なさだ)

(逢えて良かった)



















++++++++++++++++++++++++



2周年記念に受け付けたリクエストのひとつです。



横江真美さまに捧げます。



山崎か沖田の3Zで悲恋、ということで沖田とちょっと山崎な感じで書かせていただきました。

もう、なんか設定とか話が長々とまとまってなくて申し訳ないのですが・・・

少しでもお気に召されたら嬉しいです。



以下ちょびっと私信。(反転お願いします)



もちろん覚えてます、もう!

真美さまのメッセージは暖かくて、何度も元気を頂いていますので!



応募してくださったメールにアドレスがついていたのですが・・

・・・め、メールしてもよろしいのでしょうか(どきどき)



とかいいつつしてるかもしれません。すいませ・・!



これからもどうぞ、お暇なときに遊びに来てくださいませ!