この花を見ると、 いつも浮かぶ。 「・・・花が」 応接室の窓をふいに覘いて、雲雀は目をとめる。 茶色い枝に、薄い桃色の花がついていた。 「? どうかしましたか委員長」 窓を見て止まっている雲雀に、草壁は尋ねる。 雲雀は窓の外を見たまま、桜が と言った。 草壁はああ、と続ける。 「桜ですか、そういえばもういくつか咲き始めていましたね」 「もうしばらくすれば、満開だろうね」 「そうですね、来週あたりが見ごろでしょうね」 「ふうん・・・」 「委員長は桜がお好きですね」 雲雀が一度、口を閉じて目を伏せたことを 下を向いて書類を片付けていた草壁は気づかなかった。 「・・・───好き、だよ」 ふわり、早めに咲いた花びらが風に舞うのが見えた。 部屋の中にいるのに、桜の花の香りが分かった。 いや、違うかな と雲雀は小さく苦笑した。 分かったんじゃなくて、ただ 思い出しただけ。 君の香りに良く似た、あの花の。 「もう、私駄目なんだって」 少しうつむきながら、君は静かに言った。 冷静な君とは反対に、自分の頭の中は混乱していた。 「・・・・・ どうして」 「このまえ、先生と親が話してるの聞いちゃったの。 私には言うつもりないって言ってたけど・・・ もう、もたないだろうって」 「そん、な こと」 なんとか言おうと、言葉をつむいでいると少し笑いながら君はかぶりを振った。 「いいの、雲雀」 「・・・・ でも君は、まだ」 君はもう一度、微笑んだ。 その目の色は、いつもより深かった。 「駄目なのは、自分が一番分かってるから」 「 ・・・」 「毎晩眠るとき、もうこのまま目が覚めないかもしれないって思う」 「そんなの、僕が無理やりでも起こすよ」 「雲雀のトンファー怖いからなあ」 くすくすと君が笑う。 大好きな、君の笑顔なのに どうして今はこんなにも 。 「だからね、雲雀。 今日はお別れを言いに来たの」 「 え?」 驚いて君を見る。 君は寂しそうに微笑んでいた。 「そのうち、もう外出も禁止になるだろうから。 だから、今日が最後」 「そんなの、僕が病院にいく」 「やさしいね、雲雀は」 そういいながら、君は目を伏せた。 そして僕の手を握って、か細い声で言った。 「本当に、本当に、大好きだった。 いつも、理由つけては会ってくれる貴方の優しいところが大好きだった」 ぽたり 、 僕の手の甲に雫が落ちた。 「怖いけど本当は誰よりも優しいところも、我侭で可愛いところも、全部、全部 だいす、きだった」 ぽたぽたと雫が手の甲を伝って落ちてゆく。 何もできない僕の手が、勝手に彼女の手を握り返していた。 「だから、私 がいなくなって、も 哀しんだりしないで」 君が握る力が、少し強まる。 甲をすべる雫はベンチの木に少しずつ滲んでゆく。 「私がいなくなっても、忘れないで」 「・・・当たり前、じゃないか 」 「きっと、素敵な人に出会えるからこれからもっと・・・・ だから、貴方は幸せに・・・・・」 「・・・・僕は、君にだって幸せになって欲しい」 彼女は顔を上げた。 いくつもの雫が、彼女の頬を流れていた。 すこし黙ったあと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。 「雲雀はやっぱり優しいね、本当に」 小さく自分の首を振る。 「優しくなんかない、 ・・・僕は」 君に何も、できない。 どうすることもできない無力な自分。 優しくなんか、ない。 君のほうが、何倍も ずっと 。 「優しいよ、雲雀は」 「違うよ 僕は、君に何もできなかった ───何も」 「雲雀はしてくれたよ、いっぱい」 「 ・・・僕は、」 「私の傍にいてくれたもの そうでしょう?」 「そんなことしか、僕にはできない ・・・」 ごめんね、そう言おうとしたのに。 のどに言葉がつかえて、出てこない。 目の奥が、焼けるように熱い。 彼女の手が、自分の頬に触れる。 うつむいていた目を上げると、君は笑った。 「優しいよ、本当に。 本当に、大好きだった」 「僕だって、本当に ・・・君が 」 それ以上は言葉にならない僕に、君はくすくすと微笑んだ。 「ありがとう、雲雀」 「 僕も、ありが とう」 「さようなら、雲雀」 「・・・・・・・ さよう、なら」 ざあ、と音を立てて花びらが風に舞う。 その桜吹雪に小さく君は きれい、とつぶやいてからもう一度僕を見た。 吹き荒れる桃色の吹雪の中、君はもう一度微笑んで言った。 ふと、われに返る。 後ろを見ると、草壁がまだ書類の整理を続けていた。 そんなに時間はたっていなかったようだ。 「・・・それにしても」 鮮明な回想だったな、と自分で思った。 ふわり、花びらと一緒に君の言葉が頭の中で蘇る。 「私は、幸せだったよ ───きょう、や」 まだ咲ききらない木々を見ながら、雲雀はつぶやいた。 桜吹雪 「幸せだったよ、僕も。 ───本当に」 ++++++++++++++++++++++++ バリさん。 ヒロインの雲雀に対する呼び方が途中で変わったの、お気づきいただけたでしょうか。