「骸せんせー」



手を振りながら参考書片手に歩み寄ってくる生徒、一名。

もう時間も遅い。


「こんな時間まで何をしてたんですか」

「部活ですよー。 調度終わって授業わかんないところがあって先生見かけたから」

笑いながらそう言って、彼女は分からなかったページをぱらぱらと探している。

なんともっともな理由だろうか。

勉強熱心な彼女に感心する素直な教師としての嬉しさと、

───ただそれだけか、と思うもう一人の自分がいる。


「それでね、先生。 この問題なんですけど───」


ふっと近づいて教科書を開け話しかけてきた彼女ではっとする。

何を考えているんだ、と小さく自分を責めた。


「これですか?」

「うん、それ。 なんか、定義が良く分かんないんですけど。 なにこれ?」

「何これって・・・ これは前の授業で説明したじゃないですか」

「え・・・   そうだっけ・・・」

「そういえば、寝てましたね」

「・・・  先生、ごめん」

「すいません、でしょう」

「・・・・・・・すいません」

「しょうがないですね」


ため息混じりに笑うと、彼女も笑った。

───夕日に当たった彼女は 、とても綺麗だ。

問題の解き方を教えながらそう思って、自分に苦笑してしまう。

ああなんて。  自分は愚かな。


「? 骸先生?」

「あ、 はい? 何ですか? 解けましたか」

「解けてはいないんですけど・・・  その、なんかちょっと笑ってたから」

「ああ・・・  ちょっと、ね」


ええなにそれ、と彼女は突っかかる。

適当にただの思い出し笑いですよ、と言うと納得いかない顔をしてから 思いついたように目を開いた。


「わかった! きっと恋人のこと考えてたんでしょう?」

「・・・・・・・・・・・・・ は」

「そうでしょう? 先生のことだから、どうせ美人な彼女さんなんでしょー」

「・・・何を言ってるんですか・・・」

「え。 だってそうかなって」

「期待を裏切って悪いですが、僕は恋人は居ませんよ」


そう苦笑しながら言うと、彼女はとても驚いた顔をしていた。

意外、そう声には出さずに口だけで言った。


「先生のことだから 2、3人くらいいるとおもってた」

「なんですかそれ。 僕はそんな浮気な男じゃないですよ」


あはは何それ、と彼女は笑う。

そう笑ったまま、彼女は続けた。


「じゃあ骸先生ファンが黙ってないねぇ 先生、これから告白ラッシュ喰らうよ」

「なんですか、それ」

「先生知らないの? 先生、超もてもてなんだよ? でも彼女居るだろうからって、誰もなにも言わないんだよ」

「そうなんですか」

「だよ。 先生頑張ってね」

「いや、頑張れといわれてもですね」


そう言うと彼女は笑う。

そうして問題が解けたらしく ああ、と言ってからぱたんと教科書を閉じる。


「それに僕は、別に本命以外は興味ないですよ」

「え、    ・・・・・先生好きな人居るの?」


自分が何を言ったのか最初分からなかった。

気がついたらあんなことをいっていたらしい。

───ああ。 自分は。


なんて、愚かな。


「いるの? ね、いるの?」

「先生のプライベートにわざわざつっこまない。 ほら、早く帰りなさい」

「ええそんな、気になる・・・!」

「なんで気になるんですか」


当たり前の聞いてしまったと、自分で思った。

誰だって 他人の色恋には首を突っ込みたくなるものだ。

また小さく苦笑して、彼女を帰そうとしたときに 彼女がちょっと小さな声で言った。



「だって。  ───骸先生のこと、 好きだもん」




夕日が増した。  そう思った。

彼女が何だか頬を赤らめたように見えたのも、

自分の中で何かが熱を帯びた気がしたのも、 きっと夕日が増したからだ。


「何を言ってるんですか。 ほら、先生からかわないで早く帰りなさい」


そう言いながら頭を小突くと、彼女はうん、と笑った。


「ていうか、生徒と恋に落ちたら犯罪だもんね」

「そうですね。 職を無くします」


そう答えたら、彼女は面白そうに笑って、手を振った。

じゃあ先生、また明日。 そう言って。

ええまた明日。 そう言って手を振り返す。


彼女の姿が廊下から見えなくなって、呟いた。



「───犯罪に手を染め職を無くす日も、遠くないかもしれませんね」



そう自分で言って、苦笑した。


暮れ時、窓傍廊下。
(愚かな大人だと、 自分が可哀想だと思ってしまいますね)








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骸先生。

みごとアンケート一位でした。おめでとうよかったねむくろせんせ・・・!

・・・・ろりこん、ですね!←