そう尋ねられたのは もう、随分前だ。
私はただ歌うのをやめて俯いて わからない、そう返しただけだった。
「死んでしまった恋人の為だというのですか」
そう、あの人は聞いてきた。
そうかもしれないわ、と私は言った。
「もう彼のために 私は歌って彼を想うしか もう、できないもの」
それきり黙った私にあの人は、静かに微笑んだ。
それから毎日、私はかわらず歌い続けた。
でもひとりにならなかった。
あの人が なぜかいつも、気がついたらそばにいた。
あの人はいつも黙って聞いていて、たまに眠そうにあくびとかして 微笑んでいた。
「あなたは どうして毎日ここへ来るの?」
来るようになってから暫くして私がそう尋ねると 彼はにっこりと微笑んだ。
「貴女の歌が耳から離れないんですよ」
「 ・・・は」
「と、いう理由と 貴女の姿が見たくて」
訳が分からない、と私がぽかんとしていると あの人は微笑んだまま 私に近づいて髪を撫でた。
「どうして、」
「どうして、ですか? そうですね、私はただ 願うだけです」
それだけ言って、その日はもう あの人は帰ってしまった。
でもそれからも毎日毎日、あの人は来るのをやめなかった。
「 。」
あの人はなぜか私の名前を知っていた。
私はあの人のことなんて全然知らないのに。
そしてまるで、ずっとずっと昔から、私のことを知っているかのように 私を見つめるのだ。
「あなたは 私を知ってるの?」
「ええずっとずっと、前から」
あの人はにっこりと でもどこか寂しげに微笑んだ。
そして辛そうに 歌っていた私を抱きしめた。
「もう、歌わなくたって良いんですよ 君は」
私は歌うのをやめて、同じことを繰り返した。
「もう居なくなってしまった、彼のためよ」
そういわれた彼は私をちょっと離して、色の違う両目で悲しそうに私を見た。
彼の手がそっと頬に触れて 私が何も言わないでいると 彼は目を閉じた。
「もう、居ない人のことなど 忘れてくれれば良いのに」
そう言いながら。
私がそれはできないわ、だって彼は私が愛した人だもの そう言うと目を開けた。
私をもう一度抱きしめて、辛そうな声であの人は言った。
「もう忘れて 僕を、見てくれれば良いとずっと願っているのに」
私は何も言わないで あの人の腕の中にいた。
「あなたの 名前は、なんと言うの?」
そう聞くと、少し嬉しそうにあの人は私を離して微笑んだ。
「嬉しいですね、 君の口から僕のことが出るなんて」
そう言いながら、私の頬に口付けした。
名前を言いながら、あの人は微笑んだ。
私がつられてちょっと笑うと、あの人はもっと嬉しそうにした。
「僕は、。 君を、愛しているんです」
そう言いながら、あの人は私を抱きしめた。
「たとえ、君の中に僕が居なくとも 僕はずっと。 君を愛しているんです」
どうか忘れないで。 そう言いながら、あの人は私に口付けして もう一度抱きしめた。
私はまだ 歌い続けている。
でも前とは違う。 私はまた、ひとりになった。
名前を教えてもらったあの日から、あの人は来なくなってしまった。
風のうわさで、あの人の名前を聞いた。
もう、居なくなってしまったことも。
「 むく ろ。」
そう呼べることもなく あの人は 居なくなってしまった。
私はまだ歌う。 それしかできないから。
私の歌が好きだといってくれた、あの人のために。
あの人は あの人も、 私を置いていってしまった。
「骸、 むく ろ、 あなたも私を、置いていってしまうの?」
そうやってずっと、私があの人を想って泣いていると、ふっと あの人が初めて私に尋ねた台詞が脳裏によみがえった。
きみは たったひとりでいつまで歌い続けるのですか
(もう、隣で聞いてくれるあの人も居ない)
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Serio.2さまに投稿骸。
素敵な企画に参加させてくださってありがとうございました!
白亜
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