今思えば、あいつは全て分かっていたのかもしれない。 あいつは俺にとって高嶺の花だった。 だから手に入れたとき、嬉しかったと同時に、どう触れたらいいのかわからなかった。 繊細すぎて手折ってしまいそうで、俺は時々、もっと扱いやすい花に逃げた。 「あら、おかえりなさい、銀時」 「あ、 ああ。まだ起きてたのか」 家に帰ると、ソファで雑誌を読んでいたが顔を上げてこちらを見た。 今は、もう零時を回って空は黒い。 普段なら もうこんな時間にははもう眠っているのだがどうしてか今夜は起きていたらしい。 タイミング悪い、と部屋に上がりながら心の中で思った。 「何?私が起きてたら都合悪いの?」 心の中を読まれているのかと思った。 少し驚いて思わずを見ると、もうの目線は雑誌に戻っていた。 なんだ、ただの勘違いか。 そう思って返事を返す。 「いや、 いつもお前もう寝てるだろ」 「なんだか眠れなかったのよ」 「なんだ、俺が居なくて寂しかったか」 冗談でそう言って笑う。 いつもならすぐに馬鹿じゃないの、とか呆れたような声が返ってくるのだが今日は返ってこない。 変だと思ってを見ると、は少し複雑そうな顔をしてから ちょっと笑った。 「そうね、 ・・そうかもね」 「ああそ・・・・ え、?」 「馬鹿、本気にしたの?」 「ああ、そう。そうだわな。」 少し本気にしてしまった。馬鹿らしい。 ちょっと悔しいと思いながら向かいの席に座ると、が雑誌を置いて俺を見た。 「銀時、あのね ・・・」 「何だよ」 「・・・・・ なんでも、ない」 「あぁ? 何だよ気持ち悪いな、最後まで言えよ」 「ううん、なんでもない。なんでもない」 そう言っては笑った。 その目が、少し、潤んでいた気がしたが 俺はそのことに触れなかった。 「ねえ、銀時」 「ん、なんだ」 お互い布団に入って少しして、が俺を呼んだので答えた。 は少し黙ってから、あのね、と珍しく俺に寄ってきた。 「・・なんだ、今日なんかいつもと違うくないか」 「そう、かな」 「何だよ、銀さんなんか変に緊張しちまうだろ」 「何それ」 くすくすと、笑う声が聞こえる。 「銀時、今、疲れてる?」 「・・・それなり。 何でだよ」 「抱いてっていったら抱いてくれる?」 驚いて思わずを見る。 月明かりを受けた目はじっと俺を見ていた。 「・・・・・・・冗談か?」 「違うわよ」 「お前本当に今日、どう・・・どう、し」 「何動揺してんのよ」 「だ、だってお前普段そんなこと口が裂けても言うタイプじゃないだろ」 「裂けてないわよ、別に」 「いやだから、」 俺の言葉の続きはキスをされて塞がれた。 半分俺の体に乗っかったが、微笑んでいた。 「こういうタイプはお嫌い?」 俺は単純に、その笑みに欲情した。 目が覚めたら、は居なかった。 事が終わってまだ一時間弱過ぎたくらいだった。 寝ぼけながら布団から出るとが驚いたような声を出した。 「ぎん、 とき・・・」 「? ・・・なんでお前、こんな時間に出かける準備してんだ」 は服を着替え髪を整え、今にも家を出かけるところだ、という格好をしていた。 は少し戸惑った後、何かを諦めたように微笑んだ。 「銀時、・・・・貴方の事、愛してた」 「は、 何だよ、急に」 「でもね、銀時」 は、寂しげに微笑んだ。 「嘘をつくならもっと上手について」 俺はただ呆然と、は?と返した。 は目を潤ませて、自分の首を指で触れた。 「首、私の知らない痕が前から残ってるの、気づかないと思った?」 思考が、止まる。 思わず自分の手で首を押さえる。 はそんな俺を見て、最後にもう一度微笑んだ。 「新しい彼女には、もっと気づかないくらい上手に嘘をついてあげて ね」 そうして、玄関は閉まった。 ぼんやりと外は明るくなっていた。 ふらりと洗面所に向かい、鏡で首元を確認する。 堂々と残る痕の隣に、控えめに残された新しい痕。 寂しそうに微笑むあいつの顔が、脳裏をよぎる。 ああ馬鹿なことをしたと。思った。 同時にもう何もかも遅いと、解った。 あいつは俺にとって高嶺の花だった。 だから手に入れたとき、嬉しかったと同時に、どう触れたらいいのかわからなかった。 繊細すぎて手折ってしまいそうで、俺は時々、もっと扱いやすい花に逃げた。 あいつは全て分かっていたのかもしれない。 否、わかっていたのだ。 手折りたくないと、思っていた、のに。 大切にしたいと、思っていた、のに。 いつから俺は。 いつから、あいつは。 自ら折れるまでどうして俺は、 「気づかなくて、 ごめん、・・」 |
その言葉はもうただの言い訳に過ぎない
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