私は幸せになれないの。



そう言うと君は笑った。















 
T  r  a  g  i  c  H  e  r  o  i  n  e











今思えば、自分は運がない人生だったなあと思う。

楽しいことも勿論あったけれど、思い出すのはなんだか目を瞑りたくなる過去ばかり。

こんな否定的な性格をしているから、楽しくないのかもしれない。

でも、今更性格を直すなんて事はできないだろうしするつもりもない。

目の前に広がる青い蒼い景色を眺めて息を吸う。



「何やってんだ」



ふいに後ろから声がして振り向くと、確か隣のクラスの桂君が立っていた。

桂君は眉間にしわを寄せて私を見ていた。

私は何も答えずにまた前を向いた。

少し目線を下げれば小さな世界。目線を戻せば蒼い世界。目線を上げれば青い世界。



「・・・なあ、おい。・・

「どうして私の名前知ってるの?」

「いや、どうって言われてもな・・・・ お前だって俺の名前知ってるだろ?」



確かにそうだが。だからと言って急に下の名前で呼ばれるのはどうかなあと思う。

が、そんなことももうどうでもいい。

ふわりと風が頬をなでる。目を閉じる。



「・・・なあ、俺帰ったほうが良いか?」

「 ・・別にどうでもいいよ。ただ桂君が嫌な思いするなら居ないほうがいいと思う」



まあその通りだな、と桂君は言った。

どんな表情をして同意したのか気になったけど、振り向くのが嫌で私は目を閉じたままだった。

じゃり、と屋上のザラザラした床を歩く音が聞こえた。

私に近づいたらしい、振り向くとさっきより数歩近くに桂君が居た。



「止めようとしてもムダだからね」

「別にそんなつもりじゃないさ。ただちょっと声が聞きとりにくかっただけだ」

「あ、そ。話すことももうないよ」

「俺はあるぞ」

「何?」

「何か、言い残すことがあったら聞いてやるぞ」



ほら、と桂君は首をかしげた。

私がは?と聞き返すともう一度桂君は言った。



「何か言い残すことがあったら聞いてやるぞ」

「・・遺言?」

「いや別にそんな重くなくてもいい。私はこれから鳥になるのよ、みたいな」

「鳥にならないわよ」

「じゃあ何だ」

「ただ・・ただ、青色に触れるだけ」



そう言うと、桂君はへえ、と笑った。

詳しく教えてくれ、なんていうから私は眉をひそめた。

桂君とはまともに話したことなんてなかったけど、こんなに変な人だなんて聞いてない。

・・・どうでもいいけど。



「私ね、なんか運がないみたいなの」

「運?」

「そ。特に最近は酷くて。嫌なことは続くって本当なのね」

「で、もうこの世界に疲れたと」

「そんな感じ。漫画とかドラマの読みすぎだと思ったでしょ」

「漫画とかドラマの話やら展開やら結末が好きなのは誰だって同じだろう」



そういって桂君は笑った。私も笑った。

私はまた前を向いて、青い蒼い空を眺めた。



「空がね」

「うん?」

「空がね、青かったの」



は?という声が聞こえる。

私は目線を上げる。



「もう嫌なことが続いて、どん底まで落ち込んで、もう立ち上がるのも疲れたって思ったときに空を見上げたの」



ぎゅう、とフェンスを握り締める。

細い針金が手に食い込む。



「真っ青だったの、空が。今日みたいに、雲ひとつない」

「・・・確かに、今日は空が綺麗だな」

「その青さが綺麗で仕方なくて、私は泣きながら手を伸ばしたの。でも届かなくて。当たり前よね」

「遠いからな」

「うん。それで、ちょっとでも空に近づきたくて気づいたら屋上に来てた」

「それでも、空に触れることはできないから 、か」



私がこくりと頷くと、桂君は何も言わなかった。

自分でも馬鹿らしいと思うけど、ドラマみたいで嫌いじゃない。



「・・私は幸せになれないの」

「え?」

「私が欲しいと思うものは皆消えてしまう。大切なものは壊れてしまう」

「・・・・・」

「だから、私は幸せになれないの」



そう言って目を閉じる。

溜まっていた涙が一粒頬を伝う。

もう泣くのも疲れてしまった。

ガシャンと大きな音がして、見るとフェンスを飛び越えて桂君が私の隣に来ていた。



「っちょ、」

「ああ、こりゃあいいな。空が広い」



そういいながら桂君は大きく伸びをした。

そうして私を見て笑った。



「お前の言い分もわかる。こんなに綺麗な空が近いんだ、触れたくもなる」

「・・・・・・・」

「でもな、触れた瞬間また空もお前の手からすり抜けるぞ、いいのか?」

「・・いいよ、別に」

「勿体ないと思わないか」

「どうして?」

「これから将来、科学とかが発達して触れる空が出来るかもしれないんだぞ」

「馬鹿言わないでよね」

「いいや俺はいつだって真面目だ」

「・・・・・」

「なあ、勿体ないと思わないか」



どうだ、と空を眺めながら言う桂君に思わずため息が出る。

そんなことをわざわざ言いにフェンスを越えてきたのだろうか。



「そんなできるかわかんない賭けなんかしない」

「空に触れるってのも賭けだと思うぞ、俺は」

「・・・そうだけど、いいの」

「じゃあ、俺も賭けしていいか」

「何の?」



桂君は私を見て笑った。



「俺が今此処で告白したらオッケーもらえるかどうか」

「・・・は、あ?」

「名前を知ってた理由? 決まってるだろ、好きだったんだ」

「え、ちょっと、」

「結構前から気になってたんだ。わざとぶつかって挨拶したことあるんだぞ」

「え、あれわざとだったの」

「自然だっただろ。あれ実行するのに一週間かかったんだからな」

「・・・馬鹿じゃないの」

「馬鹿だよ。俺も、・・・お前も」



ふっと、桂君の顔から笑みが消える。

変わりに真剣眼差しの桂君が私を見つめていた。

思わず、目をそらすと桂君は続けた。



「どうして幸せになれないなんていうんだよ」

「・・っ、桂君にはわかんないよ」

「これからどうなるか分からないだろ」

「そうやって! 未来を見るのがもう嫌なんだもん! どうせみんな居なくなる、みんな消えちゃうのに!」



ぼろぼろと涙が溢れる。情けない。

もう泣かないなんて、さっき思ったばっかりなのに。



「私は幸せになれないの」



私がそう言うと、桂君は笑った。



「じゃあ賭けてみたらどうだ」

「何に」

「俺に」

「え?」



桂君は に、と笑った。



「俺が吃驚するぐらい楽しい思いさせてやる」

「・・・・何を、」

「それと同時に、消えないって約束してやる」

「そんなの信じるわけ、」

「だから」



桂君は私に歩み寄って、私の顎を持ち上げた。

桂君の真っ直ぐな目が目の前に来る。



「・・賭けてみろ」

「 ・・・っ、」



少し離れて、目をそらす私に桂君は言った。



「俺はここに居る、俺は消えたりしない」

「み、みんなそう言って私の元からなくなってしまうくせに」

「みんなだって人間だ、約束を守れない奴もいるだろう」

「・・じゃあ桂君だって」

「ああ、だから絶対じゃないかもしれない。でも、俺は絶対にする」

「意味わかんない」

「お前が俺に賭けるなら、俺も約束を絶対守れるって賭ける」

「・・・ なにを言って」

「ずっと、傍で居る。空は一緒に俺と見上げればいい。一人が怖いなら俺が手を握ってやる。存在が不安なら俺が抱きしめてやる」

「っ、」

「───

「やめ、やめてよっ」



そんな言葉聴きたくない、と言うと桂君は黙った。

視界が涙で滲む。青と蒼の境界線が滲む。



「もう、もうやだよ・・また人を好きに、信じるなんて 怖いよ」

「どうせ何かに賭けるなら、俺に賭けてもいいと思うんだが」

「・・馬鹿言わないでよ」

「なあ、

「何よ」

「好きだ」



優しく微笑んで、桂君はそう言った。

そうして、両手を広げた。



「──来い、









ぎゅうと私を抱きしめながら、桂君が私の髪にキスをした。



「・・お疲れ様、



泣いて返事が出来ない私に、桂君は笑った。

私に何度も何度も優しいキスをして、桂君は言った。



「賭けてくれてありがとう」



私は、しゃくりが止まらないまま口を開いた。



「ありがとう」



私のその言葉に、桂君は微笑んだ。





悲劇のヒロインは空を飛ぶ前に賭けをした

(君に、賭けてみようと思ったの)

(君と、空を眺めてみたいと思ったの)



























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重たい話でごめんなさい、

これ公開するかすごく悩みました。

話題が話題なので。



偽善とかそんな風に見えるかもしれませんが、

はいはいお前はそういう考えなのねくらいに捉えてくれば。いいかな、とか。



初めての桂短編がコレってどうなのか・・

銀幕の桂を見て男前過ぎて、つい。