「───犯罪に手を染め職を無くす日も、遠くないかもしれませんね」





そう自分に苦笑したのはもう数ヶ月も前。

もうここのところはずっと、苦笑してばかりである。

そんなある日のことだ。



とても恐ろしい夢を見た。



いい歳をしてふとみた夢に怖がるなんて自分でも馬鹿らしいと思うものの、久しぶりに 恐ろしい、と感じた。

それは彼女が現れた夢だった。





「おはようございまーす、骸先生」

「おはようございます」



朝、下駄箱で靴を履き替えているとすれ違いざまに生徒たちが挨拶をくれる。それに答える。

『人当たりのよい、生徒に理解がある、優しい先生』をきちんとこなす。自分の仕事は朝の挨拶からなのだ。



「あ、先生。 おはよー」



ふ、と背中から声がした。

振り返って、その生徒に笑顔を向ける。



「ございます、でしょう?」

「はーい。 おはようございます先生」

「おはようございます」



彼女はへらっと笑って、手を振って階段を上がって行った。



「わざわざ彼女のときは振り返って挨拶をするとは、僕も健気なものですね」



そう言って、小さく頭を振った。

自分の朝は、苦笑から始まるようになったのも数ヶ月前からだ。





恐ろしい夢を見た。



自分は真っ白な世界にいて一人立っていた。

すると向こうのほうで彼女が楽しそうに笑っている。

それを見た途端白い世界が黒く染まってゆきぐにゃぐにゃと歪む。そんな中自分は彼女へ近づいていく。

彼女は自分に気づく。そして微笑んだ。そして言った。





「先生、なにやってるの?」





はっと目を覚ますと、彼女が教卓に肘をついて、生徒の席に座っていた自分を見ていた。

どうやら少し居眠りをしていたらしい。



「先生でも居眠りするんだ」

「そりゃあ人間ですからね」

「ふーん。 肩肘ついてうとうとしてる先生、すっごい可愛かった」

「大人をからかうんじゃありません」



彼女はくすくす笑って、携帯電話を開き始めた。

その間に自分は小さくあくびをして、首を鳴らした。

机の上には検査途中の提出物のプリントの山。あと半分くらいであろうか。

机の上に転がっていたペンを取り、再びプリントに目を通す。



夢の続きが脳の片隅で静かに再生される。



彼女の質問には自分は何も答えなかった。彼女は不思議そうに首を傾けた。

その表情があまりにも愛おしくて、彼女に手を伸ばしたくなった。が、自分は我慢した。

冷静になれ、自分は教師だ、彼女は生徒だ、落ち着け。

そんな自分を知ってか知らずか、彼女は無垢な笑顔で言うのだ。





「先生?」





ふ、と目を上げると目の前に夢のままの笑顔があった。

目の前の机の椅子に後ろ向きに座っている。

彼女は自分と目が合ったのを確認すると、楽しそうに携帯の画面を自分に突きつけた。

画面には、眠っている自分がいた。



「! こ、これは・・・」

「思わず撮っちゃった」

「撮っちゃった、じゃないですよ! 消しなさい」

「ええ、やだよ」

「駄目です!」

「なんで?」

「な、 何でといわれても・・・ でも駄目なものは駄目です」

「そんな慌ててる先生初めて見た」



楽しそうに彼女は笑う。

繰り返し駄目だと言うのも疲れてきて、自分は諦めた。



「分かりました。 ・・・ただし、他の人に見せないでくださいね」

「どうしようかなあ」

「・・・・・・」

「嘘ですよ。見せない見せない。 自分で独り占めするのー」



そういって彼女は携帯をぱたんと閉じる。

再びプリントに目を落とす。目線を感じる。



「・・・なんですか」

「え? 何も」

「部活はどうしたんですか?」

「今日は顧問の先生いないから休みなの。」

「丸付けしてるの見て、楽しいですか?」

「結構」

「・・・それは結構ですね」

「ね、いまのオヤジギャグ?」

「違いますよ」

「あ、そうなんだ。 ボケたのかと思った」

「だから大人をからかうんじゃありません」

「先生だって若いじゃん」

「貴女よりだいぶ年上ですよ」



そう自分で言って、何か重いものが自分にのしかかった気がした。

彼女はくすくす笑って、また自分が作業し始めたのを見ていた。



夢の再生は止まらない。



そう言ったとき、ふわりと甘い香りがした。彼女は髪を耳にかけていたところだった。

甘い香りがしますね、と自分が言うと彼女はたぶんシャンプーかな といって笑った。

髪で隠れていた白い首元があらわになる。

世界が大きく揺れた。手が伸びた。手のひらが彼女の小さな肩を握り締めた。

彼女が驚いた顔で自分を見ている。

頭の中の自分が言った。 何をしてるんだ。

でも体は欲望に正直で、頭の中の声を無視して強く彼女を引き寄せた。そのまま、その唇に  。





あと少しで検査も終わるという辺りで、ふいに甘い香りがした。

すこし目を上げると、後ろを向いて肘をついたまま眠ってしまっていた彼女がいた。

さっきの自分のように、うとうとと首が少し揺れている。

風に揺れて、白い首元が。

あの、恐ろしい、夢の。



「───・・・・っ」



思わず目を背けた。直視などできまい。

ぐるぐるぐると夢と現実が頭の中で回る。

彼女の甘い香り、肩をつかんだときの彼女の表情、白い首筋、細い肩、口付けしたときの彼女の、 。





そっと顔を離して、その寝顔を見つめて 自分は。



「───なんて、愚かな」



そういって苦笑した。

微かに、でも確かに彼女の唇に触れてしまった自分の唇を手で押さえる。

夢の中でも現実でも。体は正直だった。

気づかれないように顔にかかっている髪を撫でる。

もう一度頭の中が揺れたが、必死に撫でるだけで我慢する。

これ以上この、彼女の、前にいると自分が一番危険だ。

手を離すと同時に、うっすら目が開いた。



「ん、 せんせ・・・?」

「おはようございます、ですかね?」

「あれ、寝てた の?」

「ええ。 心配しなくても写真は撮っていませんから」



彼女はちょっと笑った。

プリントを片付け始めた自分を見て、ふと。彼女が言った。



「ね、先生?」

「はい」

「私に、キス、した?」



思わず手が止まった。

顔を上げると、唇に手を当てて首をかしげた彼女が自分を見ていた。



「 何を、言っているんですか」

「だって、何か・・やわらかいものが触れた感じが」

「幻でしょう」

「ねえ、本当に してない?」

「何度言ったら分かるんですか? 僕は教師ですよ? 貴女の様な生徒に──」

「髪も、撫でてない?」



もう一度目を合わせた。

黒い瞳は、まっすぐに自分を捕らえていた。

確信した。そして、諦めと罪悪感が一緒に襲った。



「───起きていたんですね」

「寝てたよ。最初は」

「・・・いつからですか」

「骸先生の手が私の肘をつかんだあたりから」



最初からか、と苦笑した。

彼女は自分をじっと見つめたままだ。



夢の中の彼女が言った。





「どうして、こんなことをしたの?」





現実の彼女も言った。



「───それは」

「それは?」



少し黙って、自分は頭を振った。



「いえません」



彼女は眉をひそめた。



「なにそれ? 言ってよ」

「いいえ、 僕には。言えません」

「言ってくれなきゃ訴えるって言っても?」

「訴えられても仕方がないことをしたのは事実です」



彼女は少し黙って、少し小さな声で、言った。



「初めてだったの」

「は?」

「キス。初めてだったの。 その責任、ちゃんととって、先生」

「・・・・・、 何を」



「私を、生徒にしないで」



思わず目を見開いた。 彼女は真剣だった。

彼女は椅子から立ち上がって、私の椅子の真横に来た。

目には何故か涙が溜まっていた。

そしてせんをきったように、立て続けに 責任 を言った。

生徒って見ないで、ちゃんと女の子として扱って、みんなの骸先生にならないで、と。

最後に、涙で目を揺らしながら 言った。



「キスも頭撫でたのも全部、出来心でも、気の迷いでもかまわないから」



自分が黙ったままなのを見て、一粒。 雫を落として言った。



「私のこと、好きに、  なって、 くださ い・・・」



それから一粒一粒と涙が溢れて、しまいに彼女は両手で顔を隠してしまった。

体は、正直だった。





恐ろしい夢を見た。



夢の中での彼女の涙は、自分への、拒絶だった。

その涙が 泣き顔が 何より恐ろしかった。





「頼まれなくても、 僕は、・・・・貴女を好きですよ」



何も考えず、立ち上がって彼女を抱きしめるとそう口が勝手に動いた。



「僕は、教師でありながら ・・・、君が愛しい」



次々と言葉が口から漏れてくる。

腕の中の彼女はおとなしい。



「僕は、君の思ってるほど いい先生ではないですよ?」

「それでも、いい、 よ」



途切れ途切れに、そう返事が聞こえた。

彼女が濡れた頬のまま顔を上げ、微笑んだ。



「先生、骸先生」

「はい」

「犯罪者、なっちゃったね」

「・・・そうですね」

「二人きりのときは、さっきみたいにって呼んでくれる?」

「ええ、いいですよ」

「私も、骸って呼んでもいい?」



質問があんまりにも可愛いので、思わず笑ってしまった。



「ええ、どうぞ」



彼女は嬉しそうに、自分の名前を呼んだ。





恐ろしい夢を見た。



いい歳をして久しぶりに心から恐ろしいと思った。

自分の愚かさが、彼女の拒絶が。恐ろしかった。 けれど





「───愛してます、。 愚かながらも、貴女を」









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Fin







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見事1位を勝ち取った「先生設定骸」です。



アンケート時のお試し夢からの続きになっておりますので、

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まさかこのロリコン骸先生が1位を勝ち取るとは!笑←失礼



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